2008年3月12日(水)
株式会社 構造ソフト
代表取締役 星 睦廣
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2008年は、新年早々に“仮認定”の話が突然発表されることから始まった。
続いて国交省は大臣認定プログラムの仕上げとなる最後のカードを1月21日に出してきた。“コンソーシアムの発足”と“大幅な図書の省略”である。
これは“官製不況”と呼ばれる停滞感に差し込む一筋の光明であるかのように見えるが、実は危険な要素を隠れ持っていた。
ここではこの辺の危険な動きを明らかにすることで、さらなる改善に期待したい。しかし、今まで口頭で述べさらに意見書を提出しても、残念ながら改善のきざしが見られず、既に先行認定が見切り発車したため、意見書を国土交通大臣に提出して託したいと思う。
1.概要
@ 図書の省略とはノーチェックに等しい
国交省は確認申請業務の円滑化を図る必要があり、停滞から従来のスピードに上げる秘策を打ち出した。それは審査をしないことであり、審査機関から構造設計者への質疑も極力無くすことにあった。これはノーチェックを意味し危険な行為であり、偽装事件の教訓を生かすことになっていない。しかしこれを合法的に行う方法として“図書の省略”があり、2月4日にコンソーシアム主催による大臣認定プログラム研修会の場で“封印されていた図書の省略”を打ち出し、公表したのである。
これにより審査業務の停滞は解消されるが、粗悪な建物が今まで以上に建てられる危険性は否めない。もしそのような危険性はないというなら“国が住民に代わって建物の損害を補償する”と結びを付けないと完結しない問題である。しかし、“補償する”方向に国は動いていない。結局は誰も責任を取らずに、住民が犠牲者となる運用がここに完成することになる。
A コンソーシアムの目的である“不具合の確認”の危険な解釈
コンソーシアムの目的は、不具合の発生状況を確認し不具合の取扱いを決定するものであった。約30件のテスト結果は、予想に反し“延べ1400項目の不具合・要望”の報告があった(※1詳細は巻末の付録を参照)。このテスト報告を鑑みると、“不具合に対する安全策を講じておく必要がある”との結論になるべきものである。ところがまったく逆の“重大な不具合が無いので認定する”と危険を顧みないで不具合を無視した認定発表となった。
コンソーシアムは“特例として認定する”ための形式的な儀式に利用されてしまった。約30件で重大な不具合に遭遇する確率はなく、むしろ約30件にも関わらず多数の不具合報告があったことは、深刻に受け止める場面であったはずである。もし、途中で仮認定を止めると責任問題となるために、危険を承知で安全策を講じないまま運用を始めるなら、国が自ら危険を増大させていることになり、結局、住民が犠牲者となる構図を作り出していることに他ならない。
姉歯偽装事件から2年余り、審議会や各委員会で偽装防止を含む安全で安心できる住環境を目指してきたのに、最後の1ヶ月の特例的な動きで、皆さんの気付かないところで一気に危険な方向に結論づけてしまった。
プログラムの大臣認定とは最も安全であるべき制度と一般社会には思われているが、住民が犠牲者となる危険な運用にて始まろうとしている。
2.封印されていた“図書の省略”
国交省は大臣認定プログラムにて審査期間を半減できると謳い、また適判審査料金も半額近くまで下げた運用にした。そのような中、審査の停滞で住宅着工数も激減した状態であることを鑑みて、これらを一気に解決する道を作り出さなければならなかった。しかし時間の掛かる案件ばかりで即効性がない。唯一効果的なのは“図書の省略”を利用することであったが、“図書の省略”は旧大臣認定プログラムにおいて耐震偽装事件の一因と言われており、封印されたままで解いてはいけないものであった。
以前ソフトメーカーに配られた国交省からの資料によると「ヒアリング等における意見一覧」(2006年8月26日付け)の前段に「図書の省略制度が継続されることを前提とした意見は、採用される見込みがないため(意見は取り上げず)省略してある」と示されており、偽装事件を教訓とした改善策には、「図書の省略をすること」は審査の省略となり危険であるため、当初から議論の余地はなくその意見は除外されていた。
しかし、本年に入った2月4日の大臣認定プログラム研修会の会場にて、初めて“図書の省略”をおもてに出してきた。ソフトメーカーでさえも知らされておらず、むしろ昨年末にはソフトメーカー9社に召集があり構造計算書に出力する内容の詳細について詰めていただけに、寝耳に水の話であった。
驚くことに入力データと荷重関係以外はほとんど図書を省略した内容で、審査はとても出来ない大幅なものだった。コンソーシアムの目的には“図書の省略”に関する検討は無いようだが、万一の場合を考えてか、小さな字で“…必ずしも例示されたものが省略されるとは限りません”と書かれてあった。
3.図書の省略は粗悪な建物を作り出すことに
大臣認定プログラムの場合、法的には提出図書の省略部分は審査の省略をして良いとされている。提出CDの電子データを用いて審査側にて再計算をし、図書の全てを出力したとしても、法的には提出された紙以外の電子出力を見て審査をする義務がない。よって、大幅な図書の省略は適判員の審査期間を半減し、適判員による質疑も出ないため、構造設計者の回答作成時間も少なくなり審査期間の短縮に繋がる(※2詳細は巻末の付録を参照)。
偽装防止策のメインは再計算をすることである。再計算用のCDには入力データが入っており、その電子データと紙で提出された計算書の入力データとを比較して同じであることを確認する。次にその電子データを審査側にあるソフトで再計算し、大臣認定番号が出力されていれば偽装がないとする、というものだ。再計算をすればある程度の偽装は見抜けるため有用だが、再計算をするだけで適判員による審査は不要かというと、そうはいかない次の問題がある。
2007年5月14日の読売新聞朝刊に「マンション耐震強度不足の恐れ1割」との見出しで、耐震強度1.0を下回る恐れの(偽装ではないが)粗悪な性能の建物が1割もあるとの記事が掲載された。これはどのようなことを意味するかというと、計算書上では1.0を上回り合法の結果であるが、(適判員が検証するところの)モデル化や設計の考え方の妥当性を見ていくと問題を含んでおり適切なモデル化のデータで計算したら不適合となる恐れがあるというものだ。
つまり、審査側で再計算をして偽装がないことを確認できても、図書の省略のもと適判員による審査を省略すれば、読売新聞の記事のように粗悪な性能の建物を見逃すことになってしまうのである。“図書の省略”を密かに封切り、当然のごとくに鎮座させ、議論もせずに運用を始めるやり方は問題であり危険だ。
4.安全を担保する審査制度
ソフトメーカーは、プログラムの不具合を完全に無くすことができず、それを踏まえた安全策を国にお願いしてきた。
例えば0.1%の確率で不具合が発生するなら、1000物件で1件の割合となる。適合性判定機関には通常月間5000件の審査物件が来ることを国交省は予測しているが、この件数なら月間5件の不具合に遭遇し、もし1%の確率なら月間50件の不具合に遭遇することになり無視できない。
コンソーシアムでのテスト物件数は約30件と少ないにも拘らず、上記の比率よりはるかに多い不具合が報告された。今後の大臣認定制度をこの程度の信頼性に落とし、さらに審査の省略といった危険な特典を付けて運用するなら、建物に問題が起こった場合は国が補償する大臣認定制度でなければならない。
以前、国交省より示された運用案では、大臣認定プログラムにおいて不具合が出た場合、“重大なバグは認定取り消し、さらに過去の物件に遡って再計算させる”とあり、この運用案が見直されたという発表はない。もしこの運用案のままなら問題は大きい。少なくとも過去に遡っての再計算は、認定プログラム使用者に過去の多数物件の再計算を課すことになり、通常業務がストップし社会が回らない。また再計算で既存の建物の補修と言った大きな問題になったときには、住民が犠牲者となってしまう。
むしろそうならないための審査制度が今回は要求されていたはずだ。すなわち安全を保障できる審査であり、一度OKが出れば将来に渡って再計算の必要がない絶対的な審査である。そこで適判員による審査の導入をし、重大なミスや不具合は経験豊富な工学的判断(直感)にて見抜けると期待され、その運用は既に始まっている。しかし、法の最低基準を満たしただけの余裕が無い建物には、耐震性能にある程度の余裕度を持たせることで安全を担保する必要がある。さらに審査の停滞問題も、この余裕度に応じて審査に緩急を付けることができれば停滞緩和に直結することにも繋がり有用だ。
法の最低基準を満たす耐震性能と、大地震後にも建物の機能が維持できると住民が思う耐震性能とでは、大きな開きが現存しており、今回それを改善しようとの動きはまったくない。少なくともマンション住民の立場にたったら、この度の運用において性能を向上させる仕組みの導入は不可欠のはずだ。
5.目的が定まらない先行認定の意味合い
国が特例的にソフトメーカーの中から一社のみ先行認定して運用を始める意味がどこにあるのか?危険な特典を盛り込んでまで大臣認定プログラムの普及を図ろうとする意味合いは何なのか?国の考えがまったく伝わってこないのである。
@ 審査の停滞の解消に繋がらない
大臣認定プログラムの早期投入は審査の停滞を解消するのを目的としているという。しかし、危険な図書の省略をしなければ、大臣認定プログラムだからといって適判員の質疑が少なくならず、適判員の審査期間の短縮に繋がらない。
たとえ大幅な図書の省略のもと危険な運用をしたとしても、先行認定するプログラムを使う人が限られているため、停滞を解消することに繋がらない。つまり目的が達成できないのである(※2
詳細は巻末の付録を参照)。
A 先行認定は見切り発車であり危険性が増すばかり
3月中に入っても、大臣認定プログラムが保有すべき機能詳細やその運用詳細の仕様に未定の部分があり最終仕様が公表されていない。ゆえに現在のどのソフトメーカーのプログラムも認定プログラムとしては未完で未だに最終形になれずにいるのである。
通常、大臣認定プログラムの審査は、完成したプログラムの機能説明書や計算書出力例を提出させて、それを見ながら約6ヶ月の審査を経て認定されるものだが、仕様が定まらない新年早々に「突然の仮認定」が発表された。そしてコンソーシアムの発足後、2〜3週間で1社あたり1〜2物件をテスト計算させるといった異様な早さで2月22日には「認定する」となった。
蚊帳の外にいる他のソフトメーカーにとっては、なんとも形式的に映り、先行認定のあまりの軽さに愕然とし、“国が特例的に関与すること”の理不尽さを感じた。
また、修正拡張しながら認定プログラムとしての運用を始めることは、様々な混乱をきたす恐れがあり、不具合の発生確率が高くなる意味も含め、危険な建物を造ることになる。そしてその犠牲者はまぎれもなく住民である。
国交大臣は“この法改正にて住民が安全で安心できる住環境を築くことができる”と述べていたが、その結果がこの運用だ、というのではあまりにもギャップが大き過ぎて理解できない。
6.次の大震災まで問題を先送りする罪
大臣認定プログラムの運用が危険であるかは、次に発生するであろう大震災で明らかになる。阪神淡路大震災までは天災として住民は諦めたが、今後はそうならない。震災後に“このマンションは修復するより建て直した方が安い”と住民へ説明した途端に、構造設計に問題が無かったか、施工はどうかと、訴訟も辞さない覚悟で住民は調査をするであろう。
大臣認定プログラムの運用が現況のまま進むと、震災時には“訴訟問題となっている物件は、非認定プログラムより、大臣認定プログラムによる計算書の方が多い”との事態になるだろう。
この度の法改正にて偽装事件の教訓を生かせず、次の大震災まで問題を先送りするなら、この2年間で学識経験者や有識者の意見をまとめ築き上げたものを無にすることになり、国を動かしている側の責任は非常に重い。
付録
※1: |
“延べ1400項目の不具合・要望”:「日経アーキテクチュア2008年3月10日号」の33ページの詳細記事を参照のこと。 |