中沢: |
「今まであまりよく理解できないことがたくさんありましたが、島課長のはなしを聞いて良く理解できました。また気持ち的にもすっきりした気分になりました。」 |
島課長: |
「そうかね。中沢くんにはけっこう教えたので、そろそろ一人前の設計者として立ち振る舞ってもらわないといけないねえ。」 |
中沢: |
「まったくです。私も知識は多くなり、広く考えることができるようになりました。しかし、島課長の話しを聞くたびに考えの未熟さを痛感し、まだ知識の浅いことを思い知らされます。」 |
島課長: |
「経験した数の差だと思うね。建物を一つ生み出すということは、人間が生まれるときと同様に、大変な苦痛が伴うんだ。コンピュータ上の話しだが、あの阪神・淡路大震災の地震波を入力してみる。すると建物が揺れ、そして壊れる。このことを計算結果よりどれだけイメージできるか。そして苦悩し、自分の目指す設計へと導いていったか。この地震波との葛藤のドラマの数が、その人の知識を深く、より広くつくっていくんだろうね。」 |
中沢: |
「なるほど。そこには戦いのドラマがあるわけですね。」 |
島課長: |
「そう。そのドラマの筋書きをつくるのが構造設計者だ。この筋書きは建物により異なり、当然構造技術者によっても違ってくるわけだ。試行錯誤しながらこの筋書きを完成させていくわけだね。ここで、唯一の決まりごとがある。それは、この筋書きは必ずハッピーエンドで終わらなければならないということだ。」 |
中沢: |
「あの大震災のような結末をつくってはいけないってことですね。」 |
島課長: |
「まったくその通りだね。ここのところを理解してさえくれれば、もう中沢くんに教えることはないね。『施主にとっても、社会にとっても、よりハッピーになる建物を構造設計すること』という命題に、果敢に立ち振る舞うことだね。」 |
中沢: |
「まだ、自信がないんですが・・・。」 |
島課長: |
「自信がつかないのは当然だね。まだドラマをつくってないんだから。それよりも先ほどの命題に体ごとぶつかっていく勇気があるかってことなんだ。」
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中沢: |
「それはあります。ハングリー精神は旺盛で、いろいろ修得したいし、経験を積みたいと思っています。」 |
島課長: |
「その精神があれば、21世紀には、大手を振って活躍していると思うよ。今から一年後※1は、『性能設計の時代』を目指した公布が行われるだろう。」
「新しい時代が生まれるわけだ。その時代は、中沢くんたちが築くことになるね。」 |
中沢: |
「新しい時代は、私たちの時代ですか・・・。島課長の時代と比べて、どのくらいの変化があるんでしょうね。」 |
島課長: |
「中沢くんと私の一世代の変化と考えてはいけないね。」 |
中沢: |
「どういうことですか???」 |
島課長: |
「人間が地球に生を受けてから今まで、地震に勝ったと勝利宣言できた日は一度もなかったね。」
「『地震・雷・火事・親父』と言うように、恐いものの筆頭が地震だった。しかし21世紀には、この筆頭の2文字が消えているんだろうね。」 |
中沢: |
「えっ!有史以来できなかったことを、私たちがやるんですか?」 |
島課長: |
「そういうことになるね。それが中沢くんの時代の使命だろうね。」 |
中沢: |
「その使命を果せると思いますか。」 |
島課長: |
「果さなければならないってことだね。なぜなら、先人達もその日を夢みて、長年引き継ぎ、基礎研究を重ねて来た。そして今、技術も進歩した。しかしながらまだ、妥協の産物としての域を出れないでいるのが現況の建物レベルだね。21世紀は、さらに施工技術も進み、コンピュータはもちろん社会的環境も整っているから、地震にうち勝つ建物は必ずできるね。」
「もしそれができないとするなら、ただひとつ、構造技術者がドラマの筋書きを安易に考えてしまった時だね。あの大震災の悲劇を忘れずに、しっかりしたドラマをつくるなら、長年の夢は、必ず実現するね。」 |
中沢: |
「そうですね。21世紀は私たちの時代、どうせつくるなら先人達に自慢できるような、夢のような社会を築きたいですね。まずは、しっかりしたドラマの筋書きを考えるところから始めてみます・・・。」 |