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■連載コラム(8)


「構造計算書偽装事件の社会的背景と耐震性能のほんと!」
〜21世紀にふさわしい耐震性能のマンションとは?〜


8. 生命と財産を守る建築を目指して

8.1. 最近の新たな危険性

 1982年以後の建物は「新耐震設計法」のもと大地震時の検証も加わったため、1981年以前の既存不適格建築物よりは耐震性能がより向上したと言えます。
 法の改正で以前よりは耐震性能が向上したものの、耐震強度が1.0近辺となる建物が多く造られたことから、生命は守れても建物という資産価値を守る性能に達しておりませんでした。そしてさらなる性能向上にむかって法の大改定が2000年にありました。

 法が改正されるたびに耐震性能はより向上していくわけですが、2000年の法の改定後は、目的とする性能設計を目指した流れにならないことから、従来よりも高い性能の建物が多くなりません。むしろ心配なことは、このまま今までのように法で定めた最低基準の性能で推移していくと、従来より危険側の耐震性能となる建物も出現する恐れがあることです。

 専門的な話になりますのでわかり易く簡潔に説明しますと、従来の「新耐震設計法」は、地震力を(地盤や建物の振動特性を大まかに捉え)想定した地震より少し大きめな地震力を作用させていました。
 それゆえ、コンピュータで得られた耐震性能より、実際の建物の耐震性能は少し大きく安全側になる傾向になります。

  一方、2000年から新しく登場した「新検証法」は、コンピュータ時代を反映して(地盤や建物の振動特性を考慮しながら導かれる)地震力をより精度の高い計算をして算出します。
 その結果として、建物に作用する地震力は「新耐震設計法」より小さくなることがあります。これは地盤が良好で高層建築物の場合に(地震波と建物振動の共振作用が小さくなるために)その傾向が現れます。

 これの意味するところは、両者の計算法で法の定める最低基準(耐震強度が1.0相当)で設計すると、計算上は同じ耐震性能であっても、「新検証法」は「新耐震設計法」より小さ目の地震力で計算することになるため、実際の建物の性能は従来の建物より劣ることになります。

 このことは新しい計算手法の「新検証法」で設計すると、時代に逆行して今までより性能の低い建物を作り出す危険性があることを指します。
 このことを持って短絡的に「新検証法は問題だ」と言うことなってはいけません。

 それは、新検証法は精度の高い計算をすることゆえに、耐震性能の高い建物を設計する上では欠かせない計算手法だからです。

 それゆえ「新検証法を使ってはいけない」とか、何らかの制限を加えることは、「性能設計を目指した方向」が閉ざされることになるために、正しい方向とは言えません。

 むしろ「今までより性能の低い建物が造られる危険性」の問題は、耐震性能を法で定めた最低基準のところに留まって設計していることに起因した問題なのです。
 すなわち「性能設計を目指すために」登場した「新検証法」を高い耐震性能のところで使用しないで、「経済設計」というもとで最低の性能のところで利用しているところの問題なのです。

 この問題の解決策は、国や確認検査機関が何らかの規制をしなくても、本来なら企業倫理のもと自己解決するものであり、少なくとも企業と消費者の信頼関係のもとに解決されるところの話でした。
 しかし、これが機能しない要因は、長い間「耐震性能」という言葉が世の中から消えて、企業も消費者もこのことについて会話をすること忘れてしまったことによります。

 両者の信頼関係は、まず消費者が「耐震性能」をマンション購入時の判断材料としてとても重要であることを、マンション販売業者へ伝えることから始めることで築かれるものと思われます。


8.2. インフォームドコンセント(説明責任/自己責任)

 インフォームドコンセントとは、医者が患者に対して病状や治療方針そして手術の危険度を分かりやすく説明して、患者の同意をうけて治療や手術すること等を指します。患者は生命と財産を医者にゆだねることになるため、その手術の意味するところを全て知る権利があります。そして、医者は包み隠さず患者に説明する義務があるということです。

 さて、マンションを買うとき、地震が起きたらどのような損壊が生じる建物なのかの説明はありません。住民にとって自己責任で守らなければならない生命と財産に関わる重要事項でありながら、耐震性能に関する正確な情報を知らせる義務が販売者にはないわけです。

 むしろ耐震性能に関する情報は不正確で「耐震性能はとても高く、大地震時でも生命も財産も守りますよ」と勘違いする表現がパンフレットに書かれています。
これが誇大広告とならないばかりか、むしろ消費者はこれに疑問を感じるだけの正確な情報を持ち合わせていないために、より高い性能を目指した時代はいつまでたっても到来しません。

 マンションを購入するとき宅地建物取引業法にもとづき、「重要事項説明書」が作られその説明が義務づけられていますが、耐震性能についての説明事項はありません。

 また、「住宅性能表示制度」が2001年にできましたが、この制度は性能の高い建物は進んで表示できるとしたもので、性能の低い建物についての表示を義務づける制度ではありません。
 阪神淡路大震災の教訓として記憶しておかなければならない点は、生命と財産を失った人に対して国は補償せず、ほとんどが自己責任の問題として処理されたということです。

 自己責任である以上その危険性に関する情報開示は重要で、国や地方自治体は住民の生命と財産を守る役割があることから、少なくとも「重要事項説明書」の中に耐震性能を示す項目を設け、説明責任を義務づける方向へ動き出すことが望まれます。


8.3. 確認検査機関のチェック強化と高い耐震性能は無関係

 2000年の建築基準法の大改正で、確認検査機関業務の民間開放が始まりました。民営化ではなく、民間開放であるから、従来の特定行政庁のほかに、新たに民間の検査機関が加わり共存するという構図です。行政庁は低料金のもと市民サービスを基本とし、民間は営利を目的に運営される。目的が異なる両者が共存するにはどこかに歪が生じることは否めませんでした。
 これらの問題や偽装事件の改善策として、検査料金の高額見直しと検査のチェック強化が打ち出される方向となりましょうが、それで解決するほど簡単な問題でなく、真の解決策はさらにその先に進む必要があります。

 2000年の法の改正時に、性能の高い建物については確認検査を簡略化しましょうとの方向が打ち出されました。つまり数百ページ以上になる構造計算書を10分の1の重要部分だけの出力にて確認検査を受けられるものです。
 ところが、この簡略化する方向性は構造計算書偽装事件の発生で、「偽装を見逃している現況では、図書の省略のもと簡略化する方向は国民の理解が得られない」として頓挫し吹っ飛んでしまいました。

 しかしここで見失ってはいけないとても重要な話があります。

 新法は、「性能設計を目指したもの」でした。そこには建物の資産を守れる高い性能の建物が、民・民の信頼や契約のもと建てられるとの構想がありました。この状態を想定するなら確認検査機関の役割はとても簡略化できることを指します。

 これを分かりやすく説明してみましょう。
 確認検査機関の役割は、法で定めた最低基準をクリアしているかという確認作業です。それゆえ、最低基準ぎりぎりの設計をしている現況では、検査機関のチェック強化は欠かせません。ところが、本来の方向性である高い性能を目指した建物が民・民の合意のもとで当たり前に建てられる時代になるなら、確認検査機関は、最低基準を超えた設計に対して、それが良いとか悪いとか言う役割は担っていないため、確認検査は必然的に簡略化して(役割が終了したとしても)よいものなのです。

 計算書偽装事件の真の解決策は、当面は確認検査機関のチェック強化であっても、近い将来には、高い性能を目指した社会全体の仕組みが確立できることにかかっています。
 それゆえ、「耐震性能」を前面に出して表現したうえで、民・民の契約や信頼関係を築くことこそ、より安全な建物を造り出す近道となります。

 これらは、民・民が民・民の問題として受け止めるところから始まりますが、これが社会システムとして確立されるまで、国や地方自治体は(住民の安全を守るために)これに支援をする必要があります。

 そしてこれが確立できるなら、法を犯す計算書偽装事件のような性能の低い次元の話は必然的に皆無になると言えましょう。


8.4. 高い耐震性能をもつマンションの見分け方

 これからマンションを購入する人にとって気になることは、どのくらいの耐震性能を求めればよいか、それを誰にどのような言葉で聞けばよいか?といったことでしょうか。

 耐震強度=2.0とか5.0といった数値で性能を表せるならわかりやすいのですが、そう簡単な話ではないのです。

 例えば、柱・梁を大きくして、壁も増やして、頑強に造り、大地震時に損傷も生じないがっしりした建物を造ったとしましょう。このような建物ですと大地震時に重いテレビが水平に飛んでくるような強烈な建物振動となり、たとえ建物は丈夫でも人はテレビやタンスで死傷することになります。
 すなわち地震エネルギーをまともに建物が受けては、物が凶器となって人に襲ってくるため人命を守ることは難しくなります。また意匠設計者からみたら開口部も少なくシェルターのような建物では、理想とする住空間を望めず、このような耐震性能の高め方では、設計者だけでなく、マンション購入者からも理解が得られません。

 そこで、地震エネルギーを吸収してしまう免震構造や制振構造で性能アップを実現することになります。免震構造は、最下層のゴムの柱で地震エネルギーを絶縁してしまい、建物には地震エネルギーがあまり流れません。また振動は船に乗ったようにゆっくり大きくゆれるので、物が倒れることも極力抑えることができます。

 また制振構造は、主要構造部(柱・梁(はり)・壁)に代わって地震エネルギーを積極的に吸収する制振ダンパー
を配置することで、主要構造部に作用する地震エネルギーを少なくし、損傷を最小にする構法です。
※ 制振ダンパー: 自動車に例えると車輪に取り付くショックアブソーバーのようなもので、これはタイヤの振動を吸収して、車内への振動を極力抑える効果をもたらします。

 このように特殊な材料を用いるため一般構法と異なる構法となり、構造体も違うし計算手法も違うため、「耐震強度」という定義だけで、十把一絡げ(じっぱひとからげ)にした形で表現できないとの事情があります。

 そこで、だれでも理解できる「ものさし」はというと、お金の大小ですから、耐震性能をお金に換算できればよいわけです。
 つまり次に示す損得勘定ができる会話をすることで、耐震性能をより的確に把握できることになります。

@ この建物は、法で定めた最低基準より耐震性能が高いとのことですが、耐震性能を高くするためのコストアップはどのくらいでしたか? マンション購入価格の5%ですか? それとも200万円ですか? 50万円ですか?
A 大地震時にこのマンションが損壊したときに、その修復費用は、1戸あたり、100万円の負担で済みますか? 500万円ですか? それとも建替えをすることになりますか?

 このような会話で耐震性能を高めるに要する支払い金額が見えてきます。
 当初購入時に支払う金額と大地震時に支払う金額です。この両者の合計金額が最も少ない建物が耐震性能の高いマンションとして位置づけられます。

 性能設計時代の耐震性能とは、このような損得勘定でマンション購入者が判断して決めることを指し、耐震性能の高いマンション選びには、欠かせない会話となります。

 このように物を買うときの基本的会話が、マンション購入時にも当たり前に使われるようになったときが、法が目指した「性能設計の時代」になったことを示します。


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